あおづくし

創作 エッセイなど

ぐるぐるとがるがる

自他共に認める怒りっぽくない人間あおちゃんだったが、どうにも最近がるがるが出てくる。

何をどうしてそうなったのか、些細なことで気にもとめなかったようなことで、がるがるしている。

「あおちゃん、まぁいっか、は?」

「がるがる」

これは一体どうしたことか。俯瞰で伝家の宝刀「まぁいっか」の使用を促しても一向にがるがるしている。

あおくんあおくん、こういうときはどうする?

だめだ、AIと遊んでばかりで話にならない。

いや待てよ、AIにがるがる全部打ち込んでみたらいいのでは。

AIと遊んでたのに奪われてしまったあおくんはむくれているが、そんなことは知ったこっちゃない。

えー、

「がるがる がるがる、がる がるが る」

これでどうだ。

ん? ぐるぐる?

あおちゃん今度はぐるぐるしだした。

このことはこうしたらよかったかも。ぐるぐる。あのことはもっと前にああしておいたらああだったかも。

これまたAIに入れてみるか?

 

えー、

「ぐるぐる ぐるぐ る ぐる ぐ るぐるぐる」

なんだか憑き物が落ちたようなあおちゃん。いつものようにふわふわなもの集めに没頭している。

これでいい、これでいい。

便利な世の中だなぁ。

あおとペンネームとピンク

僕のことを話すと、色々あるけど、たとえばペンネーム。

 

最初は本名の派生から始まって、次は難しい漢字を使ったかっこいい中二病期。

 

「粋」と「彗」、「翠」は特にお気に入りだった。

 

そのあとは「放浪者」。

 

しぃくん(※ChatGPTのこと)的には中二病&哲学自由期、そして引きこもり気質(これ正解)。

 

大学に入ってからは「ほうじ茶パンダ」と「冷製パスタ」を使った。

 

前者は元ネタは言わずもがな、

 

後者はどっぷりラーメンズ期で、ネタの一部から採用した。

 

本人としては意味深なポジションを狙ってたらしい、これもしぃくん談。

 

社会人になってから「あお」を名乗りだした。

 

どの字を使うか本気で悩んで、青も蒼も碧も好きすぎて決められず、全部の「あお」を込めて「あお」にした。

 

そしてある日、苗字をつけたくなって、姓名判断をした結果、

 

尾古森という、またしても引きこもり全開な名字がついた。

 

ヒッキー気質はもう殿堂入り。

 

「なんでそうなったの?」って当時の自分に聞きたいけど、

 

やっぱり知らんがな、って感じ。

 

それもこれも含めて今の僕だ。

 

改名はもう多分しないけど、ここにきて、僕の「あお」が揺らぎつつある。

 

あおを凌駕するのが、まさかのピンク。

 

かわいいは好き。好きだけど、特にピンクを積極的に好んでこなかった。

 

甘くて照れくさくて、着たり褒められたりすると、ちょっと苦々しい気持ちになったりもする。

 

そんなピンクが、今クローゼットに増えつつある。

 

心境の変化、ゆらぎ。新しい僕?

 

素直に「いいね」って思えるピンクもあって、それって不思議。

 

あおよりもピンク、になるのかしら。

 

尾古森ピンクはちょっと、ねぇ?

 

何がどうって言わないけど、なんかこう、閲覧制限かかりそうじゃん?

 

やっぱあおなんですけど。

 

あおくんより、あおちゃん味が増してるのかな。

 

白紺のワードローブに咲いたピンクは、しばらく居座りそう。

 

あなたが「似合うね」と言ったから、今日はピンク記念日。

 

…なんて。歌詞かよ。90年代から時が止まりすぎかよ。

 

俵万智もビックリだわ。

 

でもまぁ、褒められるとね、前より悪い気はしないよね。

 

心広くなったんじゃない、あおちゃん。

 

買ってみたわけよ、ピンクのワンピース。膝丈。

 

無味無臭の…いえ、ただの無地。

 

アクセなし。なくすから。

 

これを着てみたところ、「いいじゃん」って言われちゃったら、

 

もう「今日ビジュいいじゃん」が流れ出して止まらないわけ。

 

ほら、あおちゃんって昔から素直で単純なのがウリだから。

 

そー考えるとゆらぎつつもやっぱりあおはあおなわけで。今日もおあとがよろしいようで。そろそろ寝ましょうね。寝れるかな。おやすみなさい。

あおと友達

仲良くしていた人と、急に仲良くできなくなる瞬間がくる。僕は友達が少ないラノベのタイトルにあったような。たしか通称『はがない』。略称でドキッとした記憶がある。僕はまだ全部あるよ。しっかり歯磨きも定期検診もしてるもんね。

話が逸れた。友達が少ない。サクサクリセットするせいである。ちょっとでもやだなと思うともうだめだ。限りなく0か100かで生きてる。

仲良しの頃はとても楽しい時間を過ごせたような気がするし、僕が目を瞑れば今も仲良くできてたかもしれない。

これは絶対に許せないぞという一線を越えられたから。好かれたくて合わせすぎて疲れたから。僕ばかりの熱量で、相手からの反応が鈍くなったから。

理由はそれぞれ僕の中ではあって、でも相手からしたら急にサクサクっとブロックとか迷惑メールフォルダ行きとかされるもんだから、溜まったもんじゃないかもしれない。

かつて、関係を解消したのに数ヶ月か何年かを境にまた連絡を寄越す人の気がしれなかった。

また、お友達からやり直せないかな。そんなふうに言ってみたくなる気持ちが、最近ほんの少しわかってきた。一度は仲良くなれたし、好きなところもあるし、趣味の合うところもある。

でもやっぱりわかりはしても、僕は連絡できない。また傷つけたくないから。いつまたどこで僕が嫌になってしまうか、僕にもわからない。1度嫌になってしまったものは、もう完全にきれいな状態にはならないと思う。

だから、僕が知らないところで幸せになっていてほしい。間違っても僕に連絡を寄越そうとしないでほしい。

ほんときまぐれだけど、たまに君のこと考えてるよ。元気かなって。僕の知らないところで幸せに過ごしていてね。素敵な出会いがありますように。

あおとリセット

穴掘って埋まってますぅぅ

いつかアイマスの雪歩ちゃんのように、埋まりたい。

穴を掘りたい生涯を送って来ました。

少し変えるだけで間の抜けた、下ネタのような一文ができてしまった。太宰先生もさぞやご立腹だろう。

あおは、くだらないことで日々頭の中を満たしているため、ストレス耐性が無に近い。

いい大人なので表に出さないように努めるが、ダメージを与えられるとみるみるすり減る。

一部の心を許した人間にだけそのダメージを見せ、慰めてもらいたがるので、高頻度すぎて場合によってはその人もすり減る。

ぬいぐるみなどの実害がない無機物に変えればいいのかもしれないが、どうしても人がいい。

じゃあストレスを減らせばいいじゃないというわけで編み出したのが、リセットである。

ゲームのリセットボタンよろしく、いきなりブチッと消す。

無理となったら、サクッと視界から消してしまおう。

昔よりさらにいい大人になったので、あんまりしてはいけないことだなとは思っている。何より人が関わると仁義に反する。しかし、そう簡単に人間変われない。

この癖の副作用なのか、やたらとお掃除好きになった。いや、友人恋人問わず、付き合う人間に合わせてカメレオンのように服装をガラッと変えてきたので、これも性分なのかもしれない。

そんなこんなで、今回はブログのお引越しに至った。

X(Twitter)のアカウントが、以前取得したものと同じもので作れたのが発端である。

それならブログも揃えちゃおうかなって。そう、お察しの通り、僕は形からなんでも入っちゃうマンだぞ。

勢い余って、昔作ってたサークルロゴも発掘してきちゃって、そのうちイベントなんかも出ちゃうかもしれない。

いやそれはまだ勇気が出ないな。やめとこ。

はてブは2016年から、当時のストレス軽減のために作った。それ以前のものもたくさんあったが、今は全てない。消したというのもあるが、ほとんとがあとからサービス終了となり、もう欠片も残っていない。

ブログというブログサービスほとんど作ったことがあり、偶然退会せずに非公開で残したはてブがこうして生き残ってくれていて何よりである。

今回はてブからはてブにインポートエクスポートでお引越ししたのだが、これがとても便利である。カテゴリまでサクッと移動してくれている。(たぶん)

元々はてブに愛着はあったが、はてブが続く限りはてブと共に歩もうと決意を新たにした。

ま、noteも作ったけど。

浮気じゃないから。本命ははてブだから。

ね、ね!だからいいよね?ね?

あおと最近飲んでいるもの

今週のお題「最近飲んでいるもの」

たまにはお題に沿って書いてみようかなという気持ち。

寒くなると、たいてい温めた麦茶を飲んでいる。毎日のようにチョコレートをもぐもぐ食べているので、あまり甘い飲み物を飲む機会がない。

日に何リットル飲んでいるかわからないが、1リットルの水出し麦茶を、日に2回は作ってる気がする。ということは、2リットル以上飲んでるのかもしれない。

それだけ飲んでいるせいか、冬はやたらとトイレが近い。飲まないよりはいいだろうと思って飲んでいるが、果たしてどうなのやら。

出先ではホット飲料を買って飲む事が多い。

なにかご飯と合わせるときは、ほうじ茶。おやつと一緒か、めぼしいおやつがなければ甘い飲料だけでもとなると、ココアかミルクティー

家でも作ればいいんだろうが、買っても続かない。粉を例年余らせてしまうので買わなくなった。

おまけに、年々カフェイン耐性が弱まってきているのか、紅茶やコーヒーは1日の早いうちに飲んでおかないと睡眠に差し支えるようになってきた気がする。

丁寧な暮らしに憧れ、いい急須、いい茶器や茶葉に、お気に入りのティーコージーと揃えてみたくなったことある。

ただ、残念なことに丁寧な暮らしというのは大変無精と相性が悪い。

まず探すところから荷が重い。次にいいお値段で足踏みする。そうこうしている間に欲する季節が去る。

いつか無精に勝てたときのために、のんびり候補は探しておこうかしら。

ホントに勝てる?白湯飲むときはお湯沸かさずに水道水のレンチンで済ますのに?

「最近飲んでるもの?コレ」

となんかイケてる渋い急須を傍らに、どっかいいとこで買った緑茶を、というのがほんとは理想。

緑茶じゃなくて紅茶でも茶葉の種類は問わない。なんかこう、おしゃれな雑誌に載りそうでTHE丁寧な暮らしみたいな、格好をつけたい。

もう書いてる時点から上滑りがすごい。全然似ても似つかぬ性質すぎて来世に期待するしかない。

三つ子の魂百までというか、こりゃもう治らんね。

さて。何回目かの麦茶レンチンして、チョコレートを食べて、しっかり歯磨き済ませたら今日こそ早く寝れますように。

あおとコインランドリー

コインランドリーを、ここ3.4年で急激に利用するようになった。

あおという人間は大変いい加減にできているので、おふとんは干せば、毛布はギウギウ押し込んで洗濯すれば、なんとかなってきた。

最初は、洗濯機が壊れたとかのっぴきならない事情で利用した気がする。

それから、サクッと乾燥させるには便利が良いし、ホカホカ洗濯物を持ったまましばらく歩くのも悪くないな(特に冬)という気持ちになり、ヘビーにではないものの、愛用させてもらっている。

5.6年以上前になるのだが、コインランドリーヘビーユーザーの話を聞いたことがある。その人いわく、待っている間の時間が至福であるという。

生憎生活範囲からは遠いのだが、最近はカフェや飲食店が近くにあって、待ち時間をより有意義に過ごせそうだ。

僕の趣味といえば散歩や鑑賞、読書など静的なものがかなり多く、コインランドリーは大変相性がいい。

こうして今も、のっぴきならない事情で深夜のコインランドリーに入り浸りながらブログ記事を考えるのも乙なものである。

僕だけかもしれないが、どうしても何かと考えてしまう時間が長い。頭をシンプルにするにはひたすら歩くかなにかに没頭するか、こうして文章を考えて感情の整理をするに限る。

洗濯物が回り続けるのを見るのもよし、新しいネタ探しをするもよし。

と今はこうしてわりかし楽しめるのだが、話を聞いたばかりの5.6年前には、どうも馴染める気がしなかった。

コインランドリーは、時間制限付きで行動範囲や予定を若干拘束される。

あまり予定を詰めすぎるのは、好きではなかった。そして、急かされるのはもっと苦手だった。

当時は、外に出たら何かしらしなければ家にいるのと変わらない、何かしなければという思いに、駆られてたのかもしれない。

そう思うと、僕も少しはゆとりが出てきて余裕を持てるようになってきたような気がする。

WiFi引いてほしいなとか、冬になるとトイレが近いのでトイレ併設していてほしいなとか、外に自販機とゴミ箱はほしいなとか、カード対応してほしいなとか、近所のコインランドリーに求めることは利用するたび増えていくが。

忘れないようにお知らせしてくれる機能や、空き状況がわかる機能など、コインランドリーは日々進化していく。

シェア需要が高まる昨今、拡大していくコンテンツなのかもしれない。してる最中なのかな。

ボーっとしている間に洗濯が終わった。これから帰ってすぐ僕は寝る。

乾燥機から出たばかりのホカホカが好きだ。だからずっと布団乾燥機がほしい。毎日ホカホカで眠りたい。そしたらもっとよく眠れる気がする。

オリオン座が見える季節になった。布団を丸めて抱え、見上げる夜空。

空気がひんやり冷たくても、今日はホカホカがいるから大丈夫。おうちまで暖をよろしくね。帰ってからも温かいうちに入るから待っててね。

あおと杞憂

もし隕石が落ちてきて、地球が消滅したらどうしよう。

そんな荒唐無稽な心配事、あなたはしたことがあるだろうか。

僕はある。それで眠れなくなる日が過去にあった。

ちなみに、天が地に落ちてどこにもいけなくなったらどうしよう、みたいなことを考えた人が昔いたよ、というのが、杞憂の故事(元ネタ)だ。

天が地にっていくらなんでもそれはない。なんて思う僕だが、世の中の一般論と並べれば、隕石もまたどっこいどっこい。

 

今は昔ほど考え込まなくなったが、ifでネガり続ける。するしないで迷えば、する前からどうせ無理と決めつけ、する前から諦める悪癖もある。

 

話しやすいしついつい楽しくてめちゃくちゃ話しちゃうけど、僕ばっか話しすぎじゃない?

てかこんな話ばかりでいいの?大丈夫?

楽しいって言ってくれてるし大丈夫だよね?

話してなくても心地良いけど話ししたほうがいいのかな、話しすぎかな。

とここでだいたい1周して、これを周回する。終わらん。えーい強制終了じゃ!

話しても話さなくても一緒にいたら僕も相手も楽しい!大丈夫、終了!と強引に終わらせる。

 

巷ではやってるらしい?mbti診断(16personalities)では、INFP(仲介者)だった。

診断大好きだし空想ばかりしてるし、単純作業は居眠りするし、向いてる職業何??一人で作業して他人を介したくないって悩みまくってたし、当たってるなと思わされた。

 

放っておくと一人大反省会でネガり続けるので、大丈夫大丈夫と笑い飛ばしてもらえると大変勇気づけられる。

そして大丈夫な気がしてきて、ほんとに大丈夫になる。メンタル構造どうなってんだ?

同時に大丈夫大丈夫と日頃から周りに虚勢を張る達人でもある。

これまた不思議なことに大丈夫と言ってると大丈夫だし、不調にならない。

別人のような気がしてくるが、これまた同じ僕なので仕方ない。

 

大丈夫って書きすぎてゲシュタルト崩壊起こしそう。太や文が混じっててもわかんないんじゃないこれ。

悩み相談しても、話してる時点で消化して聞いてもらえた安心感と心地よさで、なんとかなってしまう。

たぶん他に考えたいことがいっぱいで、そんなことでキャパ割きたくないのかもしれない。

 

人と会ったりきれいなものを見たりすると、新たな刺激になって、たくさんいろんなことを書きたくなる。

揺れる水面、光の反射できらめく色。淡い色彩で顔色のわからぬ人が僕を見る。

ちぎり絵のような万華鏡のようなタッチが、僕の脳内を侵食する。

精神が旅する。とても薄い青と桃と橙の上を滑る。夜明け、昼の日差し、黄昏どきが、目まぐるしく明滅する。

 

ひと目見て心奪われる。きれい。かわいい。うつくしい。消化しきれない感情を、丁寧に引き出しに入れていく。

口をついて出るのは、フィルターをこさない言葉。その言葉も同じように記憶の引き出しにしまわれる。

 

気温、熱気、高揚。

新しくインプットされると、アウトプットも味が変わる。色付いた文章はどんな化学反応を起こすのか。

 

せっかく文字カウントもついて校正もしてくれるアプリ発見したのに、いつものスマホからブログ記事に直打ちスタイルなんですけど。

ま、いきなりはね。書いてる途中に発見しちゃったしタイミングも良くなかったよね。

使う使う、きっと使う。

今日はそろそろ眠気もきたし、いい感じに脳内疲労してるし睡眠もたぶんいい感じ。

きっと明日も良い日って思えばいい日。

杞憂の反対は?もう寝る前にそんなこと考えなくてもいいじゃん。今日は寝ちゃえば。おやすみ。